広島高等裁判所岡山支部 昭和30年(う)141号 判決 1955年6月21日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣旨は弁護人河田清次提出の控訴趣意書に記載してあるとおりであるから之を茲に引用する。
控訴趣意について
論旨は要するに、原判決は事実誤認の違法をおかしている。即ち、被告人が運転免許証を携帯しなかつた原因はこれを携帯して自宅を出た後途中紛失したのであつて、しかも当日警察官に取調べられるまで被告人はこれを紛失したことに気付かなかつたのであるから、被告人に何等の過失はなく従つて運転免許証不携帯の責任を負わすことはできないというにある。
よつて検討するに、道路交通取締法第九条第三項に定める運転免許証携帯の義務は交通取締官が何時如何なる場所において運転中の自動車の検問をなし、運転免許証の呈示を求めてもその運転者をしてその場で直ちにこれを呈示させて、正規の自動車運者転による運転であることを確認することができるようにして、無免許者による危険な運転を防止し、もつて自動車交通の安全を図る道路交通取締の必要に基づくものであつて、しかもその義務は本人の注意力によつて容易にこれを守ることができるのであり、従つてその義務違反に対する制裁は、単に故意に右免許証を携帯しない場合のみならず、過失によりこれを携帯しない場合をも包含する趣旨に解するを相当とする。これを本件について見るに、原判決挙示の証拠によると被告人は原判示の日時、自動三輪車の運転中、井原市青野町池の内附近道路上において検問をうけ、警察官から免許証の呈示を求められた際、身の廻りを探したが、その所在が分らず自宅に置き忘れたのだろうと思つて自宅に帰り探したところ、同日自宅から半町位の処に免許証を落していたのを子供が拾つてくれていたこと、警察官から検問をうけたのは自宅を出てから二、三時間後であつたことが窺われる。すると、被告人は自己の不注意によつて運転免許証を紛失し、しかもその紛失に気付かなかつたのであるから、本件免許証の不携帯は全く被告人の過失に基づくものであるので、これが不携帯に対する制裁を免れることはできない。従つて原判決には所論のような事実の誤認はない。論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し当審における訴訟費用の負担につき同法第一八一条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 有地平三 判事 浅野猛人 菅納新太郎)